2010年11月27日

いざ鎌倉へ:第十二回・海蔵寺

久々の鎌倉ネタ、十二回目は海蔵寺(かいぞうじ)を取り上げます。

海蔵寺は、もともとは1253年に藤原仲能によって創建されたものですが、鎌倉幕府滅亡の際に焼け、今の海蔵寺となるのは1394年(応永元年)に上杉憲定の再興によるものです。
かつては一帯に塔頭を多数構えていた海蔵寺も、時代が下るとともに衰え、今では往時を偲ぶものはほとんど残っていません。

海蔵寺は、その本堂裏の庭園がなかなか見どころありますので、それを中心にみていきたいと思います。


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posted by karesansui at 14:54| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 鎌倉(小町・材木座・その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月09日

いざ鎌倉へ:第十一回・称名寺

「いざ鎌倉へ」第十一回は、鎌倉から少し離れた金沢文庫にある称名寺(しょうみょうじ)を取り上げます。
称名寺は、所在地こそ鎌倉の域外ですが、鎌倉なくしてこの寺はありえませんので、このような形で取り上げる次第です。

称名寺は、鎌倉時代の北条氏金沢流の実質的な祖とされる金沢実時によって創建されたと伝えられています。創建年代は確かではありませんが、金沢実時の居館にあった持仏堂が起源とされています。
称名寺は北条氏の繁栄とともに発展しましたが、鎌倉幕府および北条氏の滅亡により、創建時の伽藍を次第に失っていきました。

江戸時代に入り、伽藍の復興が始まり、江戸時代後期には現在の称名寺の伽藍が揃いました。

称名寺は、浄土式の称名寺庭園を持ち、境内全体が国指定の史跡に指定された、横浜市内でも稀有の空間です。
そんな称名寺を、庭園を中心に見ていきたいと思います。


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タグ:鎌倉
posted by karesansui at 18:44| 京都 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 鎌倉(小町・材木座・その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月03日

いざ鎌倉へ:第二回・光明寺

第二回は、鎌倉きっての浄土宗の古刹、光明寺(こうみょうじ)を取り上げます。

光明寺は、正式名称を天照山蓮華院光明寺といい、増上寺と並ぶ、浄土宗の関東における大本山となっています。
ちなみに浄土宗は、知恩院が総本山で、その下に7つの大本山があります(詳細はこちら)。

光明寺は、浄土宗の第三祖、記主良忠(きしゅりょうちゅう)によって、光明寺のホームページによれば、1249年(寛元元年)に建立されたということになっています。
開山当初は悟真寺といい、その後、蓮華寺と改名され、さらに、九世祐崇上人(ゆうそう)のときに、光明寺として現在の地に移転したと伝えられています。

その後、1495年(明応4年)に後土御門天皇の勅許を得て十夜法要(お十夜ともいいます)を始めたことでも知られています。
以来、光明寺は勅願所となりました。
江戸時代には関東十八檀林の筆頭となり、ますます発展して現在に至っています。

光明寺には、以前取り上げた通り、2つの庭園があります。
・小堀遠州作と伝えられる、「記主庭園」
・三尊五祖来迎の庭
以下、それぞれの庭園を中心に書いていきます。


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タグ:鎌倉
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