2009年01月17日

題名未定・奈良のお話:第十話・法華寺

「奈良のお話」の10回目は、法華寺(ほっけじ)を取り上げます。

法華寺は、別称・法華滅罪寺ともいい、745年(天平17年)光明皇后の旧皇居宮を寺に改めたのが起こりとされています。
その後、大和国の総国分尼寺となり、伽藍は国家事業として建設が進められました。

しかし、光明皇后は伽藍の完成をみることなく亡くなり、その後、長岡京、平安京への遷都を経て徐々に衰微し、平重衡の南都焼討ではかなりの被害を被ったようです。

復興は鎌倉時代になって、西大寺を再興した叡尊によって本格的な復興が行われましたが、その後の兵火や地震のために荒廃し、現在の姿になるのは豊臣秀頼と母・淀君の寄進による再興が行われた後ということになります。

法華寺といえば、光明皇后生き写しという伝承がある(実際には異なるようですが)秘仏の本尊(国宝・期間を限定して公開)が有名ですが、庭園も魅力的なところですので、ここで紹介したいと思います。


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2008年12月28日

題名未定・奈良のお話:第九話・秋篠寺

「奈良のお話」の9回目は、秋篠寺(あきしのでら)を取り上げます。

秋篠寺は、寺伝によれば、776年(宝亀7年)に光仁天皇の勅願によって創建されたと伝えられています。
この地は豪族の秋篠氏の所領であったことから、この秋篠氏の氏寺であったという説もありますが、創建の経緯は確かになっていない部分が多いようです。

伽藍が完成したのは次代の桓武天皇の頃で、以来真言密教道場として隆盛したと伝えられています。
しかし、1135年(保延元年)の兵火で講堂(現・本堂)ほかいくつかの建物を残してすべて焼けてしまい、その後江戸時代にかけて復興はあったものの、廃仏毀釈の影響を受けて寺域の大半を失ってしまい、当初の面影はあまり残らない状況で現在に至っています。

秋篠寺は、国宝本堂およびその中にある伝伎芸天像で有名ですが、参道もまた見所だと思いますので、そちらを中心に書いていきたいと思います。


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タグ:奈良
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2006年06月03日

題名未定・奈良のお話:第六話・円成寺

奈良のお話の6回目は、円成寺(えんじょうじ)を取り上げます。
円成寺は、山号を忍辱山(にんにくせん)という真言宗御室派の寺院です。
円成寺縁起によれば、「756年(天平勝宝8年)、聖武・孝謙両天皇の勅願により、鑑真和上の弟子、唐僧虚瀧(ころう)和尚の開創」ということになっていますが、実際には1026年(万寿3年)に命禅上人が十一面観音を祀られたのが始まり、とされています。

その後、1112年(天永3年)に迎接上人が阿弥陀堂を立てて阿弥陀如来を祀り、続いて1153年(仁平3年)に、寛遍僧正が仁和寺から入寺して東密忍辱山流(密教の一種)を起こしたことで、円成寺は大いに栄えることとなります。
応仁の乱では兵火に遭い、大部分の堂宇が焼失しますが、程なく再興され、江戸期には徳川家の庇護を受けて寺中に23寺、寺領235石を持つ大寺院となりました。
明治になって寺領を失いましたが、本堂の解体修理や庭園の整備などで寺観を整えて現在に至っています。

円成寺の特徴は、1.室町期以前の多くの建物を遺していること、2.平安期の寝殿造系の庭園を遺していること、3.貴重な仏像を所有していること、の3つが挙げられようかと思います。
この中でも、1と2を中心に、円成寺について書いてみたいと思います。


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タグ:奈良
posted by karesansui at 00:48| 京都 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 奈良(奈良市内) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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