三室戸寺は明星山と号する本山修験宗の別格本山で、西国観音(西国三十三所)霊場10番の札所でもあります。本山修験宗は聖護院門跡を総本山とする密教系の宗派で、平たく言えば修験道の宗派です。
修験道は良く知られるように、山に籠もって修行を行う宗派ですが、もともと神仏を習合する性格がかなり強い教えだったため、明治維新の際に出された神仏分離令によって「禁止」とされ、修験道の一部はそれぞれ仏教の一宗派となり、本山修験宗は天台寺門宗(園城寺(三井寺)を本山とする天台宗系の宗派)から戦後に独立したものです。
三室戸寺は770年(宝亀元年)に、三室戸寺の奥の岩渕から出現した千手観音菩薩を本尊として、光仁天皇の勅願により創建されたと伝えられます。そのような謂れの本尊があることから、天皇貴族はもとより庶民も観音詣でをしたことで、三室戸寺はかなり賑わったとされています。
1573年(天正元年)の槇島合戦で足利義昭に加勢したため、織田信長に焼き討ちされ、現在の本堂は1805年(文化2年)に再建されたものです。
修験道の宗派だった割に、特に廃仏毀釈の影響は見られないように思われます。
三室戸寺の庭は「枯山水」「池泉」「広庭」に分かれていますので、これらをそれぞれ取り上げてみたいと思います。
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