17回目の今回は、黄檗宗(おうばくしゅう)の大本山、
萬福寺(まんぷくじ)を取り上げます。
萬福寺は、正式には黄檗山萬福禅寺といい、1654年(承応3年)に来日した隠元禅師によって、1661年(寛文元年)に開かれました。
以後、萬福寺は
隠元禅師の出身である、
中国福建省の黄檗山萬福寺に倣い、そのまま黄檗山萬福寺と名付けられました。
隠元禅師は、「
インゲン豆」などに名を残しているように、黄檗禅だけでなく美術、医術、食物(西瓜、蓮根など。黄檗宗独特の精進料理である
普茶料理(ふちゃりょうり)は特に有名)なども日本に伝えています。
以後、将軍家の庇護を得ながら伽藍を建設し、最盛期には21万坪もの広大な寺域を持つに至りました(明治時代に陸軍省の用地として大部分が没収)。
1874年(明治7年)、臨済宗と曹洞宗が分離したときに、一旦は臨済宗に属しましたが、1875年(明治8年)に臨済宗から独立して黄檗宗を開き、その大本山となって現在に至っています。
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posted by karesansui at 00:00|
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京都(洛南)
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