2007年03月24日

京都の路地裏で:石峰寺

73回目は、伏見稲荷に程近い石峰寺(せきほうじ)を取り上げます。

石峰寺は、山号を百丈山といい、宝永年間(1704-1711年)に萬福寺を本山とする黄檗宗の第六世・千呆禅師によって建立されました。
当初は伽藍を備えた寺院でしたが、何度もの災禍で堂宇は焼けてしまい、現在の本堂は、ごく最近といって良い1985年(昭和60年)に再建されたものです。

石峰寺の裏山には、石峰寺に草庵を結んでいた江戸時代の画家・伊藤若冲が下絵を描き、石工に彫らせた五百羅漢があり、独特の禅境を見せています。
以下、この五百羅漢を中心に石峰寺を紹介します。


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posted by karesansui at 22:29| 京都 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 京都(洛南) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年06月10日

京都の路地裏で:萬福寺

17回目の今回は、黄檗宗(おうばくしゅう)の大本山、萬福寺(まんぷくじ)を取り上げます。

萬福寺は、正式には黄檗山萬福禅寺といい、1654年(承応3年)に来日した隠元禅師によって、1661年(寛文元年)に開かれました。
以後、萬福寺は隠元禅師の出身である、中国福建省の黄檗山萬福寺に倣い、そのまま黄檗山萬福寺と名付けられました。

隠元禅師は、「インゲン豆」などに名を残しているように、黄檗禅だけでなく美術、医術、食物(西瓜、蓮根など。黄檗宗独特の精進料理である普茶料理(ふちゃりょうり)は特に有名)なども日本に伝えています。

以後、将軍家の庇護を得ながら伽藍を建設し、最盛期には21万坪もの広大な寺域を持つに至りました(明治時代に陸軍省の用地として大部分が没収)。

1874年(明治7年)、臨済宗と曹洞宗が分離したときに、一旦は臨済宗に属しましたが、1875年(明治8年)に臨済宗から独立して黄檗宗を開き、その大本山となって現在に至っています。


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