圓徳院は、もともとは豊臣秀吉の正妻・北政所(ねね)の終焉の地です。
現在の高台寺は、豊臣秀吉の菩提を弔うために北政所が1606年(慶長11年)に創建したものですが、圓徳院の場所はもともと寺ではなく、高台寺の創建の前年、1605年(慶長10年)に伏見城の化粧御殿とその前庭を移築して、北政所の居館としたものです。
北政所はその居館で77歳の生涯を終えますが、これを北政所の甥に当たる木下利房が高台寺の塔頭に改め、木下家の菩提寺としたのが圓徳院の始まりとなります。
圓徳院は、木下家の庇護のもと特に衰微することなく、北政所の居館の客殿として建てられた現在の方丈や伏見城化粧御殿の前庭を残して現在に至っています。
圓徳院では、特に伏見城化粧御殿の前庭を移した方丈北庭が有名ですので、これを中心に紹介したいと思います。
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