このBlogは、他称若年寄の日々侘び寂びの侘び寂び記事アーカイブBlogです。
本年は業務多忙のため、書くネタはそこそこ抱えつつも、現状は月1、2回程度の更新が精一杯です。
−最新の記事−
・「番外編」金戒光明寺方丈の回を更新
−編集・変更済み−
・建仁寺両足院の回の写真を一部差し替え、追加して一部改稿
・知恩院の回に除夜の鐘の動画を追加
−今後の予定−
・京都ネタの写真入替
・滋賀進出and全国展開の推進
−京都の路地裏で「番外編」について−
「京都の路地裏で」は基本的には一般拝観できるか特別拝観を定期的に行っている寺院しか取り上げません。
ということで、特別拝観で公開された寺院について書いておきたいことについて、「番外編」として書く次第です。
もしご縁があってその寺院の特別拝観に行くことがあれば、参考にしていただけるとありがたいです。
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2008年06月30日
2007年12月02日
若年寄の諸国で侘び寂び:宗隣寺
全国展開の第一回目は、山口県最古の庭園「龍心庭」を持つ、宗隣寺(そうりんじ)を取り上げます。
宗隣寺は、宇部の領主であった長州藩の家老・福原広俊が、1670年(寛文10年)、父・元俊の菩提を弔うために、普済寺(ふさいじ)の跡地に建てたものです。
福原氏は毛利氏の一族で、関ヶ原の戦いの結果毛利氏が大幅な減封を受けて萩に移転した後の1625年(寛永2年)に、福原元俊が厚狭郡宇部村など8000石を領有するようになりました。以後、福原氏は毛利氏の永代家老を兼ねつつ、宇部を幕末まで治めることとなりました(宇部市教育委員会のページより)。
普済寺は777年(宝亀8年)に唐より日本にやってきた為光和尚(威光和尚とも)によって創建された寺ですが、当時どのような宗派だったかなどは(当時はあまり宗派の概念がなかったこともあってか)判っていないようです。
後に禅宗となり(現在大阪・鶴満寺にある梵鐘が普済寺に寄贈された際、『宇部郷松江山普済禅寺』の追銘がされているとのこと(宇部観光コンベンション協会のページより))、さらに後には荒廃したようです。
宗隣寺は江戸時代に入ってからの建立ですが、庭園「龍心庭」は普済寺時代に造られたもので、山口県内最古の庭園とされています。
この庭を中心に、宗隣寺について書いてみたいと思います。
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宗隣寺は、宇部の領主であった長州藩の家老・福原広俊が、1670年(寛文10年)、父・元俊の菩提を弔うために、普済寺(ふさいじ)の跡地に建てたものです。
福原氏は毛利氏の一族で、関ヶ原の戦いの結果毛利氏が大幅な減封を受けて萩に移転した後の1625年(寛永2年)に、福原元俊が厚狭郡宇部村など8000石を領有するようになりました。以後、福原氏は毛利氏の永代家老を兼ねつつ、宇部を幕末まで治めることとなりました(宇部市教育委員会のページより)。
普済寺は777年(宝亀8年)に唐より日本にやってきた為光和尚(威光和尚とも)によって創建された寺ですが、当時どのような宗派だったかなどは(当時はあまり宗派の概念がなかったこともあってか)判っていないようです。
後に禅宗となり(現在大阪・鶴満寺にある梵鐘が普済寺に寄贈された際、『宇部郷松江山普済禅寺』の追銘がされているとのこと(宇部観光コンベンション協会のページより))、さらに後には荒廃したようです。
宗隣寺は江戸時代に入ってからの建立ですが、庭園「龍心庭」は普済寺時代に造られたもので、山口県内最古の庭園とされています。
この庭を中心に、宗隣寺について書いてみたいと思います。
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タグ:山口


