2008年07月30日

しばし、滋賀のことでも:滋賀院門跡

久々に、滋賀のことを書きます。
第四回は、滋賀院門跡(しがいんもんぜき)を取り上げます。

滋賀院門跡は、1615年(元和元年)に京都北白川にあった法勝寺を当時の天台座主・天海に下賜する形で創建された比叡山延暦寺の本坊です。ただし、当時の法勝寺は既に西教寺に合併させられており、この「下賜」がどの程度のことを意味しているのかは判りません。ただ、法勝寺を西教寺に合併させた後陽成天皇と滋賀院門跡として法勝寺を下賜した後水尾天皇は仲が悪かったようで、そのことが「ないはずのものを下賜する」ことにつながっていたのかもしれません。

滋賀院門跡は、歴代の天台座主となった法親王の里坊(年老いた後の住居)として、「滋賀院御殿」と呼ばれるほどの発展を見せましたが、明治に入ってから火災で建物がすべて焼けてしまい、比叡山から最上級の建物を移築して再建し、現在に至っています。

滋賀院門跡には伝小堀遠州作の庭園がありますので、これを中心に見ていきたいと思います。


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posted by karesansui at 22:37| 京都 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 滋賀(湖南・大津・志賀) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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