東福寺は、正式には慧日山(えにちさん)東福寺といい、当時の摂政、九条道家によって、天台・真言・禅の各宗兼学の寺院として1236年(嘉禎2年)に建立されました。
諸堂の工事は19年もの歳月を要しましたが、その途中の1243年(寛元元年)に、聖一国師(円爾弁円)を招いて開山しました。
その後、1336年(延元元年)までに3回火事で焼けてしまいましたが、20年後には京都五山に列せられる禅宗寺院に相応しい偉観を誇る堂塔を建てています。
京都の禅宗寺院は、その特徴ごとに愛称がありまして、例えば大徳寺は、その茶の湯との関係の深さから「茶づら」と呼ばれていますが、東福寺は建造物の大きさから、「伽藍づら」と呼ばれています。
現在の諸堂の大部分は、明治14年12月の火災後に再建されたものですが、竜吟庵の他、三門なども難を逃れ、室町時代の建物が残っています。
ここから、拝観順路を辿るように書いていきますので、不案内な方は境内案内を見ながらお読みください。
最初の写真は、臥雲橋(がうんきょう)から見た通天橋(つうてんきょう)です。

京都市バスの東福寺バス停から歩いてくると、東福寺三名橋の一つ、臥雲橋を渡ります。
臥雲橋から見た通天橋はなかなか見事で、紅葉の季節には、たくさんの人が立ち止まって通天橋の写真を撮っています。
臥雲橋を渡って東福寺の境内に入り、まずは国宝三門の紹介です。

こちらの三門(山門と書かないのは、三門という言葉が、空門・無相門・無願門の三つの解脱の境地を表わす「三解脱門」の略称だからです)は、応永年間(1394-1428年)の建立で、日本最大最古の遺構といわれています。
東福寺はもともと禅寺ではなく、3つの宗派の兼学寺院でしたので、禅様(唐様とも言います)が前面に出ているわけではなく、和様、大仏様(天竺様)の組み合わせで建てられています。
東福寺ホームページにもある通り、階上には須弥壇(しゅみだん)が置かれ、数々の仏像が安置されています。
また、柱や梁などは極彩色の絵画に彩られています。これらは東福寺に残る大涅槃図も書いた兆殿司(明兆)とその門人によるものと伝えられています。
続いて、仏殿です。

仏殿は明治の大火で方丈などとともに焼けており、昭和に入ってからの再建です。
こちらの建物も巨大で、下からでは建物が丸ごと入るようには撮れませんでした(三門の楼上から撮影)。
まさに、「伽藍づら」の面目躍如といったところです。
こちらは東司です。

禅宗では用を足すのも修行なので、厳しく作法が決められていたようです。
東司でさえも巨大で、東司としては室町時代唯一の遺構であり、国の重要文化財に指定されています。
禅堂です。

1347年(貞和3年)再建で、中世から現存する最大最古の禅堂であり、こちらも国の重要文化財に指定されています。
もっとも、現在この禅堂を使って修行しているかは定かではありません。
次に、方丈庭園を見ていきたいと思います。
方丈庭園は、1938年(昭和13年)、重森三玲氏の作庭によるもので、「八相の庭」と呼ばれています。
この写真は、方丈正面の南庭です。

東側には蓬莱などの島に見立てた巨石があります。
東福寺が建立された鎌倉時代の気風に合わせて、あまり派手さのない庭園になっています。
こちらは、方丈南庭の西側です。

五山を築山として表現しています。
これに砂紋による荒海の表現を加えて、神仙境を表現しているとのことです。
方丈西庭は、サツキの刈り込みと砂地で大きく市松模様を描いたものです。

くず石を方形に組んで、井田を意図したものとされています。
方丈北庭です。

南庭の枯山水を意識して、御下賜門にあった敷石を利用した市松模様、苔、サツキの刈り込み、さらに、方丈の外、通天の楓までも取り込み、意図的に色鮮やかな庭園となるように意図されています。
方丈東庭は、東司の柱の余材を利用したもので、北斗七星を描いています。

北斗七星をもって宇宙を描くのは、現代的な趣向ではないかと思います。
が、別段派手につくっているわけでもなく、他の庭と調和しているのは、作庭者の力量が高いから、ということでしょう。
東福寺の「お約束」は紅葉です。
東福寺の方丈、法堂などがある一帯と、開山堂、竜吟庵などがある一帯は、谷で隔てられています。この谷あいの渓谷を「洗玉澗(せんぎょくかん)」といいます。
こちらは、方丈にある「通天台」からの洗玉澗です。

紅葉の季節になりますと、洗玉澗の紅葉が一斉に色付きます。
方丈を見たら、通天橋を渡りましょう。
通天橋は、1380年(天授6年)、普明国師によって架けられたそうですが、現在の橋は1961年(昭和36年)、前々年の台風で倒壊したものを再建したものです。
通天橋を渡る途中で、臥雲橋が見えます。

このときは、まだ紅葉が色付き始めの頃でしたが、紅葉の盛りには全山が黄金色や朱に染まります。
通天橋から、方丈の通天台を望みます。

600年前に桜を切り、楓を植えたという話はつとに有名で、「そうだ京都、行こう」のキャンペーンポスターにも書かれていますが、正直、これだけの紅葉だと修行の妨げにならないかなと思わないでもありません(紅葉が修行の妨げになっているようでは、本当の意味での修行になっていないのでしょうけれども)。
洗玉澗から通天橋を望みます。

この色合いが、俗に「通天紅葉」と言われる、三葉楓の特徴のようです。
通天橋から見下ろす紅葉が有名ですが、洗玉澗降りて歩くと、また違った印象があります。一つ一つの紅葉をつぶさに見ていくと、木々の個性がそれぞれうかがえるようで、なかなか興味深いものがあります。
最後に、通天橋を渡った先にある開山堂を紹介します。

こちらの開山堂は、別名「常楽庵」といい、1823年(文政6年)に再建されたもので、屋上に閣(伝衣閣)を持つ、他に例を見ない構造になっています。
「京の三閣」といったときは、金閣、銀閣、飛雲閣(西本願寺)を指し、「京の四閣」といったときはそれに呑湖閣(大徳寺芳春院)を加え、「京の五閣」といったときには、この常楽庵(伝衣閣)を加えるようです。
開山堂の前は、開山堂に向かって右側には池泉回遊式の庭園が、向かって左側には枯山水の庭園が広がっています。
なお、東福寺は紅葉の季節は大変混んでいますので、休日を避け、朝から行く(開門が8時30分に繰り上げられています)などして、混雑を避けていただければと思います。
もっとも、紅葉の時期だけではなく、春夏秋冬を見て、さらに伽藍の中まで見て初めて、東福寺が分かるような気がします。
いや、分かるような気がするだけなのかもしれません。
一生かけても理解できない、奥深さがあるのかもしれません。
−東福寺の概要−
寺号:慧日山東福寺
宗派:臨済宗東福寺派
拝観料:方丈400円、通天橋・開山堂400円
拝観時間:9:00-16:00(11月のみ8:30-16:30)
住所:京都市東山区本町15-778
−東福寺への行き方−
・京都市バス202、207、208系統で、「東福寺」バス停下車、徒歩10分
・JR西日本奈良線東福寺駅、京阪電車東福寺駅から徒歩10分
・京阪電車鳥羽街道駅から徒歩10分
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