2004年06月10日

京都の路地裏で:萬福寺

17回目の今回は、黄檗宗(おうばくしゅう)の大本山、萬福寺(まんぷくじ)を取り上げます。

萬福寺は、正式には黄檗山萬福禅寺といい、1654年(承応3年)に来日した隠元禅師によって、1661年(寛文元年)に開かれました。
以後、萬福寺は隠元禅師の出身である、中国福建省の黄檗山萬福寺に倣い、そのまま黄檗山萬福寺と名付けられました。

隠元禅師は、「インゲン豆」などに名を残しているように、黄檗禅だけでなく美術、医術、食物(西瓜、蓮根など。黄檗宗独特の精進料理である普茶料理(ふちゃりょうり)は特に有名)なども日本に伝えています。

以後、将軍家の庇護を得ながら伽藍を建設し、最盛期には21万坪もの広大な寺域を持つに至りました(明治時代に陸軍省の用地として大部分が没収)。

1874年(明治7年)、臨済宗と曹洞宗が分離したときに、一旦は臨済宗に属しましたが、1875年(明治8年)に臨済宗から独立して黄檗宗を開き、その大本山となって現在に至っています。


萬福寺の特徴は、従来の日本の寺院とは異なる明朝様式の伽藍にあります。

まずは総門を抜けていきます。
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いかにも中国式らしい特徴ある門は、牌楼(ぱいろう)式と呼ばれるものです。
1693年(元禄6年)に再建されたものですが、この門からして国の重要文化財であり、内部の建造物の大半は総門と同じく国の重要文化財に指定されています。


放生池は静かに水を湛え、夏には蓮の花を咲かせます。
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もともとは「生を放つ」場であって観賞のための池ではありませんが、どちらかといえば厳めしい建物が多い萬福寺の中で、この穏やかな池は異彩を放っているといってもいいのかもしれません。

さらに観賞本意なのがこちらの水廊でしょう。
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萬福寺では蛍放生会を行っていますが、こちらには蛍の幼虫が放たれており、いずれはこの水廊を蛍の庭にしようという試みが行われています。


さて、伽藍に戻ります。
続いては三門です。
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楼門造りになっているのは他の禅宗の寺院と同じですが、他の寺院の三門(山門)と同じように、両脇から出入りができる構造になっているにもかかわらず、楼の部分が重層になっている寺院はさほど多くないと記憶しております。


三門を抜けると、天王殿に出ます。
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天王殿は1668年(寛文8年)の建立で、寺の玄関としての位置付けに当たるそうです(萬福寺ホームページより)。四天王と弥勒菩薩、韋駄天を祀り、弥勒菩薩は見た目が布袋そのものとなっています(萬福寺では、布袋を弥勒菩薩の化身として扱うそうです)。
X型の組子を入れた匂欄のデザインも特異(中国、チベット方面の意匠のようです)で、大変特徴のある建物です。


こちらは寿蔵です。
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もともとは隠元禅師が生前に築いた墳墓で、中国の墳墓の様式を今に伝える大変珍しいものです。


寿蔵の近くにあるのが、中和井(ちゅうわせい)です。
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中和井とは、後水尾天皇の生母・中和門院前子の屋敷跡で使われていた井戸で、萬福寺の創建時に幕府から下賜されたものとのことです。
庭は近年に整備したものですが、これも一種独特の庭で、石の上に石の球を乗せるという意匠は、臨済宗の寺あたりでは大胆すぎてあまりできない様式ではないかと思います。


ついで、萬福寺の本堂、大雄宝殿(だいおうほうでん)です。
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この大雄宝殿は、外観は他の建物と比べると普通の禅堂に近い印象を受けますが、日本で唯一最大の「チーク材を用いた歴史的建造物」であり、大変ユニークなものです。


こちらが、法堂(はっとう)です。
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萬福寺の法堂は、説法を行う場所として位置付けられ、中には須弥壇のみがおかれます。
また、良く見ると、手すりの下の文様が、卍や卍くずしになっているのが分かると思います。これも、この時代の寺院としては独特のものです。


萬福寺は、他にも多数の伽藍が江戸時代、創建当時のままに残っています。このような寺院は日本では他に例がないといって良く、主要な建物(合計23棟)と回廊などがすべて国の重要文化財に指定されています。
伽藍の迫力に圧倒されるお寺です。


ただ、萬福寺の顔は伽藍だけに限られません。
中国の気風を遺したこの寺は、煎茶の中心地でもあります。
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有声軒は、全日本煎茶道連盟が使用する煎茶道の茶室で、毎週日曜日は日曜茶席が設けられています。
また、毎年5月には全国煎茶道大会も萬福寺で開催されています。


萬福寺の「気風」に触れたところで、こちら。
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斎堂前にある、開パン(パンは木へんに邦)という、木魚の原型になったものです。
時を報ずるものとして、現在も使われているとのことです。

また、雲版(うんぱん)という青銅製の法器があり、これは朝と昼の食事と朝課のときに打つものとのことです。

さらに、巡照板。
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この版木は起床(午前4時)と消灯(午後9時)を知らせるものであると書かれています。写真ではちょっと読みにくい(字が見えなくなっている部分もあります)ですが、巡照板にはこのような文言が書かれています。

謹白大衆(きんぺだーちょん)
生死事大(せうすすーだ)
無常迅速(うーちゃんしんそ)
各宜醒覚(こーぎしんきょ)
慎勿放逸(しんうふぁんい)


意味が拝観のしおりに書いてあります。

・謹んで大衆(修行者)に申し上ぐ。
・生死は事大にして、
・無常は迅速なり。
・各々、覚醒して、
・無為に、時を過ごさぬように。

どうも無駄なことばかりしている自分には、突き刺さる文言です。
気を引き締めていかなければいけません。

萬福寺は、穏やかな部分もありますけれども、やはり禅の修行の場としての性格が強く感じられる力強さが印象的な寺ではないかと思います。
そんな気風を感じに、そして自分の心を引き締めに、訪れたいものです。


−萬福寺の概要−
寺号:黄檗山萬福寺
宗派:黄檗宗(大本山)
拝観料:500円
拝観時間:9:00-16:30
住所:京都府宇治市五ヶ庄三番割34

−萬福寺への行き方−
JR西日本奈良線黄檗駅から徒歩5分
京阪電車宇治線黄檗駅から徒歩5分
タグ:京都
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posted by karesansui at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 京都(洛南) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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