2004年06月03日

京都の路地裏で:廬山寺

16回目の今回は、廬山寺(ろざんじ)を取り上げます。

廬山寺は「廬山天台講寺」とも「廬山寺準門跡」ともいい、延暦寺の中興の祖にしておみくじの神様でもある元三大師(がんさんだいし)が938年(天慶元年)、船岡山(京都市北区)に創建した寺院です。1571年(元亀2年)に、織田信長の焼き討ちを免れ、現在地に移転されました。

しかしながら、廬山寺において現在最も有名なことは、元三大師のことでも織田信長のことでもなく、現在の廬山寺が紫式部の邸址でもあることです。

一応、源氏物語の最初の構想は石山寺で練られたのではないか、などといわれていますが、詳しいところは全く判っていません。ただ、紫式部はこの邸宅で育ち、結婚し、一人娘の賢子を産み、亡くなった、ということについては、間違いなさそうです。
そのためか、廬山寺の中に「紫式部邸宅址」の顕彰碑があります。


こちらが、廬山寺の庭園の写真です。
rozanji01.JPG
廬山寺の庭園は、東福寺天得院と同じく桔梗が有名で、桔梗の名所としてつとに良く知られています。

「源氏の庭」というくらいですので、この庭園は平安朝の庭園をイメージしています。誰が作庭したのかは(調べましたが)判らずじまいでしたが、白砂と苔のコントラストがよく、長い時間眺めても飽きのこない庭だと思います。
rozanji02.JPG
苔が王朝絵巻の雲を模っているのが印象的です。


前述の「紫式部邸宅址」の顕彰碑は、庭石としてさりげなく置かれています。この写真の中央にある大きな石がそれです。
rozanji03.JPG
題字・揮毫は新村出氏、卑近なところでは「広辞苑」の作者として知られる、文学博士です。

紫式部は、「源氏物語」をもって後世に名を成さしめたわけですが、その生活はあまり幸せなものとはいえなかったようです。
人には、表に見えている部分とそうでない部分があって、私たちはどうしても表ばかりに目が行きがちですが、目に見えないものを感じていかないと、現実からどんどん乖離していってしまいます。

廬山寺に「虚実」というものが仮にあったとすると、廬山寺にとっては邸宅址という伝説しか残っていない紫式部にまつわる部分は「虚」であり、この桔梗こそ「実」なのではないかと思ってしまいます。
rozanji04.JPG
もっとも、この桔梗も「設えられたもの」として捉えるならば、やはり「虚」になってしまうのですが・・・。


また、節分には「鬼法楽」という名前の追儺式が行われます。無論こちらは年に1回しか見られませんが、ネットで調べてみたところ、なかなかユニークなもので、時期が合えば見てみたいと思わせるものではないかと思われます。


−廬山寺の概略−
正式名称:廬山天台講寺
通称:廬山寺準門跡
宗派:圓浄宗(本山)
拝観料:400円
拝観時間:9:00-16:00
住所:京都市上京区寺町広小路上ル北之辺町

−廬山寺への行き方−
京都市バス3、4、17、37、59、205系統で「府立医大病院前」バス停下車、徒歩5分
ラベル:京都
posted by karesansui at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 京都(洛中) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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