2004年05月26日

京都の路地裏で:東福寺霊雲院

15回目となります今回は、東福寺霊雲院(れいうんいん)を取り上げます。

霊雲院は、1390年(明徳元年)に、岐陽方秀によって開かれた寺院で、もともとの名前は「不二庵」といいました。

霊雲院第七世の湘雪和尚は、もともと熊本の人だったので、細川家と親交が深く、細川光尚は湘雪和尚に篤く帰依していて、和尚がここ霊雲院に住職することになったときに、500石を贈ろうとしたのですが断られ、その代わりとして細川家が送ったのが、「遺愛石」です。


こちらが、遺愛石の写真です。
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遺愛石とは石につけられた名前で、須弥台とその上に載った石船のことです。

霊雲院には庭園が2つありますが、そのうちの一つ、九山八海の庭は、この遺愛石を中心に構成されています。
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庭園中央の遺愛石が須弥山(しゅみせん)、その周りの白砂と砂紋、石で九山八海を表現しています。
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「九山八海」は須弥山世界とも呼ばれています。それは、仏教の教えの中に、この世界が九つの山と八つの海からなり、その中心が須弥山というものです。
須弥山を仏に見立て、その周りの広がりを仏教の宇宙観として表現している、壮大な庭です。

片や「臥雲の庭」は、小書院の西側にある小さな庭です。
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庭園奥の枯滝組から流れた水が、雲の下をもぐって流れ、やがて九山八海の庭の大海に出るという、絵画的に作られた現代の枯山水です。
雲や水の悠々とした様を、「無心」として庭に表現しています。
こだわり、わだかまりのなさを表徴する水や雲の美しさに、羨望を感じるのが人間と、霊雲院のパンフレットには書かれています。正に図星です。
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こちらは茶室「観月亭」です。
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日本にも数少ない二階建ての茶室で、下が四畳半席、上が五畳半席です。二階はちょうど臥雲の庭を見下ろす位置にあり、あたかも雲の上にあるかの如く思わせるものがあります。

観月亭の露地庭です。
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蹲、灯籠、露地が心地よくまとめられた、落ち着きある庭園です。
ここで心を落ち着けて、雲の上にあがっていくということなのでしょうか。


「九山八海の庭」「臥雲の庭」ともに、東福寺方丈庭園や龍吟庵庭園、光明院庭園を作庭し、芬陀院庭園の修復を手がけた重森三玲氏によって修復ないし作庭され、現在に伝えられているものです。
臥雲の庭が絵画的なのは、重森氏の作風によるところが大きいと思います。

私は未だに、臥雲の庭が意味するような「無心」に対して羨望するより他ない、矛盾極まるただの凡人、俗人ですが、この庭を眺めているときくらいは、普段のわだかまりなどなく、清らかな心でいたいと、普段の自分のありように反省の意味を込めて、この記事の結びとしたいと思います。


−霊雲院の概要−
宗派:臨済宗東福寺派
拝観料:300円
拝観時間:9:00-17:00
住所:京都市東山区本町15-801

−東福寺への行き方−
京都市バス202、207、208系統で、「東福寺」バス停下車、徒歩7分
JR西日本奈良線東福寺駅、京阪電車東福寺駅から徒歩10分
・京阪電車鳥羽街道駅から徒歩10分

霊雲院は、東福寺バス停から臥雲橋へ向かう道の途中にあり、東福寺駅からはやや近く、鳥羽街道駅からはかなり遠くなります。
ラベル:京都
posted by karesansui at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 京都(東山) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ご担当様

何時もお世話になっております。
恐れ入りますが、台湾 華芸文化出版社の林と申します。
弊社の「茶雑誌」はお茶関係の雑誌ですが、次期にて枯山水を紹介させて頂きたいですので、本サイトの写真はご利用を頂けませんでしょうか。

お忙しいところに申し訳ございませんが、宜しくお願い致します。
Posted by 林郁方 at 2015年07月09日 21:11
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