2004年03月03日

京都の路地裏へ:円通寺

一発目、いろいろ迷いましたが、「早く書いた方がよい」という意味で、円通寺(えんつうじ)を取り上げます。

円通寺は、臨済宗妙心寺派の寺院で、もとは後水尾天皇の幡枝離宮で、それを後に寺院としたものです。

後水尾天皇は、修学院離宮を造営されたことでも有名ですが(他にも紫衣事件、等々)、もともとは幡枝(現在の左京区岩倉幡枝町のあたり)に離宮を構えていたものの、この地は水の便が悪く、水を愛する後水尾天皇がいろいろ離宮に充てる場所を算段した結果として、現在の修学院離宮が建設されたとのことです(円通寺ご住職のご案内より)。
そして、修学院離宮の建設により不要となった幡枝離宮の跡が、後水尾天皇(当時は既に譲位され、上皇になっていましたが)の禅院開創の機運と相俟って、文英尼公を開基として迎え、霊元天皇の祈願所として、寺院となりました。


円通寺の拝観におけるポイントは、枯山水の借景庭園です。ほとんど、これに尽きると言っても過言ではありません。

借景とは、その庭の後ろの景色まで庭の一部として取り込むことで、それによって庭の奥行きが増し、庭だけでは得られない雄大な景色を表現することができます。
その裏返しとして、借景庭園は周囲の状況に左右される庭園形式であるため、借景としている部分に建物などが建ってしまうと、それだけで景観が壊れてしまう、とても保存が難しい庭園形式でもあります。

例えば、奈良の慈光院(写真をご参照願います)は、付近の街並みを借景としていましたが、真正面の位置に大きな建物が建ってしまい(別に非難する意はありませんので悪しからず)、借景庭園としての価値は、あまりなくなってしまったように思われます。
entsuji01.jpg


慈光院との比較という意味で、未だに「借景」が残る円通寺の庭園の写真を載せます。
entsuji02.jpg
背景に見えている山が、比叡山です。
円通寺の庭園は、後背の林や比叡山を借景としています。
苔、石、混ぜ垣と杉によって、比叡山が引き立つように構成されていて、見事です。
また、やや遠い位置にある比叡山を借景として構成するためか、混ぜ垣が目線の高さに来るように構成され、遠近感と取りにくくしてあるようです。
借景以外にも、四季折々の草花がこの庭に風情を加えています。

ところが、この庭園がこのような形で見られるのも、もう僅か、あるいは見られなくなっているかもしれません。
というのも、円通寺の近くを通る道が拡張、道沿いの土地も再開発されることとなり、工事が始まりました。
以前は庭園の後背地にあった竹林が切り倒され、宅地造成などが行われています。

借景庭園は保存が難しい、と最初の方で書きましたが、それは、借景庭園の場合、取り込んでいる景色の変化、帰趨については、自らの力だけでは保存しようにもできないからです。
以前、円通寺はカメラ持込厳禁でしたが、このような事情があり、カメラ持込可となりました。

例えば、この庭園から見える景観(これは、比叡山の頂上付近を除いて、ほとんど後水尾天皇の頃(17世紀前半)から変わっていません)も、取り込む景色がビルでは、この庭園の持つ歴史的意義、また、借景庭園としての価値は失われてしまいます。

私は、京都にとっては、しがない観光客の一人で、あまり大きいことを言える立場にはありません。ですから、この庭園の価値が失われつつあるといっても、それを黙って見守ることしかできないと思います(当事者たり得ないことは、いくら思い入れがあるとしても、弁えなければなりません)。
ただ、再開発事業によって景観が失われるという事実は、市の理念として世界文化自由都市を標榜する京都市の所業としては、あまりにも文化的に貧困だと思い(当然のことかと存じますが、この再開発事業を許可したのも京都市、ということになります)、円通寺を最初に取り上げた次第です。

この記事を読んだ方が、一人でも多く円通寺に足を運んでいただき、借景を記録していっていただければ幸いです。

2006年11月追記
2006年5月に見た様子では、宅地開発は一戸建ての住宅になるようで、さしあたりマンションみたいなものが目の前に建つという事態は起こっていないようです。
ただ、かつては存分に味わえた静寂さが、だんだん失われて来ているように感じられます。


−円通寺の概要−
寺号:大悲山円通寺(円の字は旧字体(圓)が正式のようです)
宗派:臨済宗妙心寺派
拝観料:500円(2003年10月現在)
拝観時間:10:00-16:00
住所:京都市左京区岩倉幡枝町389

−円通寺への行き方−
京都バス45、46系統で、「円通寺道」バス停下車、徒歩10分
ラベル:京都
posted by karesansui at 00:00| Comment(6) | TrackBack(2) | 京都(洛北) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
小生は紅葉の時期に、写真撮影が禁止されていた
頃に訪問して、借景の美しさ、素晴らしさ、黄色に色づいた木々に感動を覚えた者です。
貴方の考えに全く同感です。京都市は何を考えているのでしょうか。市議会等に請願をして行く等の行動が必要なのでしょうか。
Posted by 戸塚 宏一 at 2006年09月15日 11:42
コメントありがとうございます。
> 戸塚 宏一さん
この件一つとっても、文化的な貧困が如実に現れているわけですが、かといって余所者が口を出すような類の問題ではないとも思っています。
現在、円通寺の近辺で行われているのは宅地開発で、しばらくは借景を完全に台なしにするような建物は建たないものと思っていますが、工事によって静寂さがなくなってしまっていることだけはどうにもなりません。
当面は、事の成り行きを見守るしかないと思っています。
Posted by karesansui at 2006年09月19日 22:39
私は円通寺道より徒歩で行ったのですが、その道中のあの住宅開発地の真中を抜けていったときのなんともいえない気持ちがよみがえってきました。
Posted by ひでぽん at 2006年11月14日 08:30
コメントありがとうございます。
> ひでぽんさん
私は足掛け6年くらい毎年のように行ってるので、住宅開発地のあたりがどうなってきたかを目の当たりにしています。
やはり、何ともいえませんね・・・。
Posted by karesansui at 2006年11月14日 22:50
初めて円通寺を訪れたとき、カメラを手にすることなくただ畳の間に静かに座って、ずっと借景を眺めているだけで、とてもすばらしい時間をすごすことができました。それ以来、京都へ来たら必ずこのお寺へ足を運んできましたが、先日訪れると撮影可となっておりたいへん驚きました。事情をきいて、わたしたちは何が大切なのか、何かを大切にするということをもっと考え実行しなければならないということをしみじみ思いました。京都と日本人の心の美しさが問われています。
Posted by さちほこ at 2006年11月26日 23:21
コメントありがとうございます。
> さちほこさん
日本人の心の美しさ、ということで言えば、あまり美しくはないよなぁという気がしています。
無論、そんなものは教育して教えるようなことではないんですけれども。

大人がこんな体たらくじゃいけませんね。
Posted by karesansui at 2006年11月29日 22:36
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