2007年02月15日

京都の路地裏で:妙満寺

72回目は、円通寺から歩いて15分ほどのところにある妙満寺(みょうまんじ)を取り上げます。

妙満寺は、日什上人によって1389年(康応元年)に創建されました。
日什上人は、もともと天台宗の学頭にまでなった人ですが、のちに高齢になってから日蓮の教えに帰依し、68歳にして都へ上り妙満寺を創建したという、少々変わった経歴の持ち主です。

妙満寺は、応仁の乱などの兵火に遭ったり、他の法華宗系寺院と同様天文法華の乱(1536年(天文5年))に遭ったりで、移転を繰り返してきましたが、1583年(天正11年)に秀吉の聚楽第建設に伴う大規模な寺院移転で寺町二条に移り、近年まで400年ほど、寺町二条にありました。
しかし、都市化による喧騒を避けるため、1968年(昭和43年)に現在の岩倉の地に移って(妙満寺では「昭和の大遷堂」と読んでいます)現在に至っています。

妙満寺は、「雪の庭」で知られていますが、それも含めて妙満寺を紹介したいと思います。


山門です。
myomanji01.jpg
山門の前はちょっとした庭になっていて、特にツツジと蓮の季節が良いと思います。
橋の手前からまっすぐ境内を見ると、後述の通りやや異国の雰囲気がある境内と純日本風の山門前とのギャップが、なかなか趣を感じさせるところです。

その境内ですが、特に目立つのが左手の仏舎利大塔です。
myomanji02.jpg
この塔は、インドにあるブッダガヤ大塔を模して造られた、日本では珍しい形式の塔です。
建立されたのが1973年(昭和48年)ですから、ごく最近に立てられた部類のものですけれども、この塔があることで、境内の雰囲気が他の寺院とはかなり違うものに感じられます。


こちらが、妙満寺の庭「雪の庭」です。
myomanji03.jpg
もともとは塔頭「成就院」にあったものを、岩倉に遷った際に本坊に移したものです。
作庭者は、「俳諧の祖」と呼ばれる松永貞徳とされています。松永貞徳は同時に、「月の庭」「花の庭」を作庭し、それがすべて「成就院」という坊にあったことから、「雪・月・花」の三名園として並び称されたといわれています。

このうち、「月の庭」は清水寺成就院に現在もそのままの形で残っていますが、「花の庭」は現存しません(もっとも、清水寺成就院の作庭者は、清水寺成就院のパンフレットによれば「不明」とされていますけれども)。

この庭は、刈り込み、植え込みと池、そして遠くの借景を生かしたものですが、実際の作庭者の話はともかくとして、刈り込みや植え込み中心の構成は、清水寺成就院の「月の庭」とも共通点があるところです。
myomanji04.jpg
当初から比叡山を借景としていたかは判りませんが(もっとも、名前の由来が「比叡山の冠雪を借景で見る」ことにあるので、おそらくは借景にしていたと思いますけれども)、現在では円通寺と似た角度から比叡山を借景にしています。


妙満寺は知名度がほとんどないといってよいと思いますが、「雪の庭」を始め見るところには事欠かないお寺だと思います。
その中でも、雪が降った後で冠雪の比叡山を「雪の庭」から眺めることができたなら、それは素晴らしいことではないかと思います。


−妙満寺の概要−
寺号:妙塔山妙満寺
宗派:顕本法華宗
拝観料:300円(庭園)
拝観時間:9:00-16:00
住所:京都市左京区岩倉幡枝町91

−妙満寺への行き方−
叡山電車木野駅から徒歩5分
京都バス40、45、46系統で、「幡枝」バス停下車、徒歩3分
ラベル:京都
posted by karesansui at 23:29| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 京都(洛北) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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