2005年01月05日

題名未定・奈良のお話:第二話・長谷寺

「奈良のお話」二回目は、とてもマイナーとは言えませんが、長谷寺(はせでら)を取り上げたいと思います。

長谷寺は、正式には豊山(ぶざん)長谷寺といい、686年(朱鳥元年)、道明上人が天武天皇のために銅板法華説相図(千仏多宝仏塔)を「西の岡」に安置したことが長谷寺の起こりとされています。
そして727年(神亀4年)、徳道上人が「東の岡」に十一面観世音菩薩を奉ったことで、今の長谷寺の形が出来上がりました。
そのため、開基は徳道上人とされています。

以後、長谷寺は観音信仰を受け発展し、現在では真言宗豊山派の総本山となっています。

長谷寺の見どころは、桜や牡丹に代表される「花の寺」としての部分と、スケールのある伽藍に代表される「古刹」としての部分に分けられると思います。
しかしながら、私は「花の寺」としての長谷寺の写真を持ち合わせていませんので、長谷寺の伽藍を紹介していきたいと思います。
花の寺としての長谷寺は、長谷寺ホームページの「四季の御花」が詳しいと思いますので、ご覧ください。


まずは仁王門から。
奈良長谷寺01
こちらの仁王門とその上の登廊のうち下、中廊は、1885年(明治18年)の再建です。
二層目が通常の建物と同様の形になっている、いわゆる楼門の形式です。
建ってから120年余り経過していますが、適度に古びてきていて気品があり、この時代、規模の楼門としては傑作の部類に入ると思います。


続いて、登廊です。
奈良長谷寺02
初めは1039年(長歴3年)に春日大社の社司・中臣信清がこの病気平癒の御礼に造ったもの、とされています。
こちらの石段は399段。ゆるい傾斜の石段を一歩一歩上がっていきます。

頭上には長谷型の灯籠を吊るしています。
灯籠の形もなかなか趣があると思います。

登廊の両脇には塔頭や収蔵庫などがあります。
禅宗の寺院で、本堂の周囲を塔頭が囲うように建っていることがありますが、それと似たような意味合いなのでしょうか。


こちらが本堂です。
奈良長谷寺03
外は舞台造となっています。

外からではよく分かりませんが、建物は内陣と外陣(礼堂)に分かれています。
額には「大悲閣」と書かれています。
1650年(慶安3年)徳川家光の寄進によって再建されたもので、平成16年10月に国宝に指定されました。

舞台造ですから、当然、清水寺などと同様、舞台の上に立つことができます。
最後に、登ってきた道を舞台の上から振り返ってみたいと思います。
奈良長谷寺04
登廊から仁王門、さらには門前町の町並みまで一直線に伸びています。

もともとここは、伊勢参りへの街道筋に当たり、門前町には活気があります。
門前の店から寺院の伽藍まで、谷あいに一体となって街を形成しています。
その雰囲気(行って、ゆっくり眺めてみないと分からないと思うのですが)がいいと思います。

ちなみに、こちらは徳道上人が創いた「東の岡」に当たり、道明上人が創いたとされる「西の岡」には、「五重塔」「本長谷寺」「奥の院」「陀羅尼堂」などがあります。
また、長谷寺の本尊は十一面観音菩薩立像で、全身は10m以上もあり、日本最大の木造の仏像です。
この「右手に錫杖」「左手に水瓶」「方形の台座の上に立つ」といういわゆる長谷寺式といわれる十一面観音像で、1538年(天文7年)に造立されました。国の重要文化財に指定されています。
この観音さまが、全国に長谷信仰という形で広まり、各所に「長谷寺」という名称の寺院が多数できたきっかけとなりました。

全国津々浦々、「長谷寺」の名は尽きませんが、本家本元の長谷寺は魅力たっぷりですので、時間をかけてまわられることをお勧めします。


−長谷寺の概要−
寺号:豊山長谷寺
宗派:真言宗豊山派
拝観料:500円
拝観時間:8:30〜17:00(4〜9月) 9:00〜16:30(10〜3月)
住所:奈良県桜井市初瀬731-1

−長谷寺への行き方−
近鉄電車大阪線で長谷寺駅下車、徒歩20分
タグ:奈良
posted by karesansui at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 奈良(奈良市外) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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