2009年11月13日

京都の路地裏で:厭離庵

かなり久々の81回目は、秋にだけ特別拝観で公開している厭離庵(えんりあん)を取り上げます。

厭離庵は、藤原定家が住んだ山荘の旧跡であって、小倉百人一首を編纂した場所ということになっています。実際にわざわざこの地で小倉百人一首を編纂したのか、それが厭離庵の場所かは不明ですが、1772年(安永元年)に冷泉家(藤原定家の子孫)によって修復されたところから、藤原定家とこの地に何らかの所縁はあったと考えるのが自然でしょう(ちなみに、藤原定家が編纂した『小倉百人一首』は依頼主である宇都宮頼綱の『小倉山荘』から名前がついています)。

その後、明治時代には再び荒れ寺となりましたが、1910年(明治43年)に十代大村彦太郎(白木屋社長)の寄進で仏堂と庫裡が建立され、現在に至っています。

厭離庵は、境内全体が秋には赤く染まる紅葉の寺ですので、そこを中心に見ていきたいと思います。


こちらは、茶室「時雨亭」への待合と思しき建物です。
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山荘のような雰囲気は、あまり寺という印象を与えません。

本来の本堂へのアプローチは木で塞がれていますが、苔むした中に石踏みがある様は、紅葉とは無関係の風情を感じさせてくれます。
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とはいえ、こちらはやはり、書院脇の門をくぐってからが本領を発揮する場と言えましょう。
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こちらは、厭離庵の「庭園」です。
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鮮やかな散り紅葉の赤と、その下の苔の緑が相まって、秋ならではの素晴らしい光景を見せてくれています。

その一隅には灯篭、そして蹲があり、さらなる風情を添えています。
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柄杓にまで散り紅葉が添えられ、去り行く秋を偲ばせます。

そして、目を上に振り向けば、頭上を覆わんばかりの紅葉。
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秋にだけ公開する、秋の寺だからこその眩い赤です。


小倉山荘や時雨亭の跡を名乗る寺は厭離庵だけではありませんし、藤原定家とこの地の関係は明らかではありませんが、過去のいきさつはどうあれ、今のこの紅葉があれば、今の厭離庵の厭離庵たる所以は充分に説明できるのではないかと思います。


−厭離庵の概要−
正式名称:厭離庵
宗派:臨済宗天龍寺派
拝観料:500円
拝観時間:9:00-16:00
住所:京都市右京区嵯峨二尊院門前善光寺山町2


−厭離庵への行き方−
京福電車(嵐電)嵐山駅から徒歩11分
JR西日本山陰本線(嵯峨野線)嵯峨嵐山駅から徒歩10分
京都市バス28、91系統で、「嵯峨釈迦堂前」バス停下車、徒歩5分
京都バス61、62、71、72、81、90系統で、「嵯峨釈迦堂前」バス停下車、徒歩5分
タグ:京都
posted by karesansui at 23:53| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 京都(洛西) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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