2009年05月31日

若年寄の諸国で侘び寂び:光久寺

全国展開の八回目は、富山県の名勝に指定された庭園を持つ光久寺(こうきゅうじ)を取り上げます。

光久寺は、当初は現在地からやや離れた仏生寺にあって、奈良の長谷寺の国分寺として創建されたと伝わっています。
創建当初は真言宗、あるいは密教系の寺院だったようですが、1343年(康永2年)に当時の領主・狩野中務の帰依を受けて浄土真宗に改められ、現在に至っています。

光久寺はその庭園、「光久寺の茶庭」で有名ですので、この庭園を中心にみていきたいと思います。


こちらが、「光久寺庭園」、あるいは「光久寺の茶庭」の全景です。
kokyuji01.jpg
書院と茶室を結ぶ回廊が庭を仕切っていて、手前側が中庭、回廊の向こうが奥庭になります。
とはいえ、このように庭を見ると、中庭と奥庭が一体に見えます。こういう2つの庭をまとめて見るような庭は、あまり見かけないと思います。

ちょっと回廊に近づいてみます。
kokyuji02.jpg
この庭は浄土曼荼羅を表す庭とされ、奥に見える十三石塔と奥庭正面の三尊石組によって、彼岸に至ることを示しています。

こちらがその回廊です。
kokyuji03.jpg
この風情ある回廊からは、中庭と奥庭をそれぞれに見ることができます。

こちらが奥庭です。
kokyuji04.jpg
このようにサツキが植えられていて、特に6月上旬は華やかさを増していきます。
他にも、小さいながら滝があり、また奥には山があり杉があり、といったところで、「俯して水を聴くもよく、仰いで山を観るもよく」というところから「俯仰園」とも名付けられています。

そして、蹲。
kokyuji05.jpg
茶室のそばに、静かな佇まいを見せています。
このあたりが、「茶庭」らしいところであろうと思います。


光久寺庭園は、加賀藩御用造園師の駒造作といわれ、宝永年間(1704-1710)に築造されたと伝わっています。
加賀藩といえば金沢のイメージがありますけれども、加賀藩の領域は富山県にも及んでおり、氷見の地は加賀藩による支配を受けていました。
何故加賀藩の御用庭師がこのようなところに庭を造ることになったかは分かりませんが、あまり都市化が進んでいないところだからこそ、かつての風情を残しつつ今にこういう庭があることを、ありがたく思わなければならないのかもしれません。


−光久寺の概要−
正式名称:風香山光久寺
宗派:真宗大谷派
拝観料:500円
拝観時間:9:00-17:00
住所:富山県氷見市飯久保2807番地

−光久寺への行き方−
JR西日本氷見線氷見駅近くの「氷見駅口」バス停から加越能鉄道バス仏生寺方面氷見市民病院前行、またはJR西日本北陸本線・城端線・氷見線高岡駅から加越能鉄道バス仏生寺方面高岡駅前行に乗り、「飯久保」バス停下車、徒歩2分
(この路線バスは極端に本数が少なく、かつ定時運行をしていない(5分程度の早発あり)ため要注意です)
タグ:富山
posted by karesansui at 22:45| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | その他の地域 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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