2006年01月04日

京都の路地裏で:圓光寺

62回目は、圓光寺(えんこうじ)を取り上げます(写真は「圓光寺」の銘がある灯籠です)。
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圓光寺は、1601年(慶長6年)に徳川家康によって開創された、国内教学(当然、仏教の学問)のための寺です。
開山は、当時の下野足利学校第9代学頭の三要元佶(閑室)禅師です。

当初、圓光寺は足利学校の分校として、「圓光寺学校」という名前で伏見に建立されましたが、後に相国寺山内に移り、現在地に移転したのは1667年(寛文7年)です。

当初は、僧俗を問わず入学を許す学校であって、多くの書籍を刊行し(これらの書物は「伏見版」または「圓光寺版」と呼ばれています)、その書籍刊行のために使われた木版は、国の重要文化財とされています。

そもそも、活字は安土桃山時代にスペインや朝鮮から持ち込まれ、「歴史の文字 記載・活字・活版」によれば、桃山期以降の活字の歴史の流れは下記の通りであると示されています。

秀吉が後陽成天皇に献上した朝鮮銅活字により開版したといわれる文禄勅版→後陽成天皇の木活字による慶長勅版→家康が元信に命じて開版させた木活字の伏見版→秀頼の挿絵入り木活字の秀頼版。これに家康が元信に鋳造させ、後陽成天皇に献上した銅活字が続く。


その後、駿河版と呼ばれる銅活字(現存)が作られましたが、日本の活字はこれ以降木活字へと傾斜し、銅活字は使われなくなりました。

さて、圓光寺はその後学校としての機能を失い、明治以降近年まで、臨済宗唯一の尼僧修学道場だったようですが、現在は尼寺ではなくなっているようです。

圓光寺は十牛の庭と呼ばれる庭園が著名です。
これから、庭園をみていきます。


十牛の庭です。
enkouji03.jpg十牛図という仏教画があって、人が悟りに至る10段階を明示的に表したものですが、十の石を十の牛に当てはめ、悟りの境地を表す庭、という解釈ができそうです。

秋には、このような紅葉の絨毯が見られます。
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もっとも、紅葉の赤が映える庭は、修行や悟りといった禅の概念を超越してしまっているような気もしますが、十牛図は実践のための仏画ですし、禅の教えは頭の理解を超越したところにあるものだと思いますので、そういった頭でっかちな考えでは、この庭が本当に表すところにはなかなか至らないものでしょう。

栖龍池です。
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この池は「洛北最古の池」とされていますが、何をもってそう称するのかは分かりません。

庭の入口には水琴窟があり、紅葉に留まらない魅力を伝えています。
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そして、その脇にはサツキが植えられ、晩春には可憐な花をつけて訪れる人を和ませます。
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しかしながら、結局は紅葉に始まり、紅葉に尽きる庭園、ということになってしまいそうです。
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それほどまでに、印象が強い紅葉の朱です。


圓光寺は、文化財を収蔵庫に納めて公開していますので、忘れずに見ていきたいものです。
また、マレーシア留学生オマール氏のお墓には、一度は足を運んでいただきたいと思っています(何故オマール氏のお墓が日本にあるのか、ということについては、文章で語るよりは見ていただくのが良いかと存じます)。


−圓光寺の概要−
寺号:瑞厳山圓光寺
宗派:臨済宗南禅寺派
拝観料:400円
拝観時間:9:00-16:30
住所:京都市左京区一乗寺小谷町13

−圓光寺への行き方−
京都市バス5、65、北8系統で「一乗寺下り松町」バス停下車、徒歩10分
京都バス18、55系統で「一乗寺下り松町」バス停下車、徒歩10分

近隣に詩仙堂(丈山寺)金福寺があります。
タグ:京都
posted by karesansui at 22:22| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 京都(洛北) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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