2011年03月19日

京都の路地裏で「番外編」・妙心寺海福院

今回の「番外編」は、第45回京の冬の旅非公開文化財特別公開で特別公開されている、妙心寺海福院(かいふくいん)を取り上げます。

海福院は、1616年(元和2年)に福島正則が夬室智丈和尚を開山として創建されました。
年代からして、大阪冬の陣、夏の陣での戦死者を弔う意図があったように思われます。
しかしながら福島正則はその後すぐに改易され、川中島で失意のうちに没していきます。そして一度は断絶し、甥が跡をついで旗本として存続して、というめまぐるしい変化が福島氏にはありました。

しかしながら海福院は、変わらず福島氏の菩提寺であり続け、福島正則の墓やゆかりの寺宝を残して現在に至っています。

海福院は「都林泉名勝図会」にその存在を書かれていて、狩野探幽の襖絵の逸話が書かれています(国際日本文化研究センターのwebサイト読むことができます)。
それによれば、「酒に酔った狩野探幽が、唐紙の襖に猿回しの絵を描いたために、住職が怒って狩野探幽が恥じ入った。ただ、その画は出来がよかったために、後世その寺の名物となった」というようなことだそうです。
そして、海福院の庭園を作ったのは、都林泉名勝図会や都名所図会などの作者・秋里籬島(あきざとりとう)といわれ、不思議なつながりを持った寺といえるでしょう。
ここでは、その庭園を中心に見ていきたいと思います。


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タグ:京都
posted by karesansui at 23:40| 京都 | Comment(0) | TrackBack(0) | 京都(洛西) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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