教林坊は、もともとは観音正寺の塔頭であり、寺伝によれば605年(推古13年)に聖徳太子によって創建されたとされています。
教林坊の「教林」の字は聖徳太子が林の中で教えを説いたことに由来し、後述の通り「太子の説法岩」と呼ばれる岩もあります。また、本尊は霊窟の中に祀られており、このようなことから「石の寺」とも呼ばれています。
庭園など、教林坊の寺観は、概ね江戸時代初期の観音正寺復興と時を同じくして整えられたようです。教林坊は白洲正子氏の「かくれ里」で取り上げられていて、この本が出版された当初(1971年)あたりまでは、文字通りの「かくれ里 石の寺」だったのではないかと思われます。
ただ、近年は一度、無住の寺となって荒れ果ててしまい、寺全体が竹やぶで覆われるような形になってしまいました。それに対して本山から任命される形で教林坊に入った現住職が、最終的には天台宗の本山所属の僧侶の地位を擲って(退職金などを使って)、現在のような形に整備して現在にいます。
教林坊は、伝小堀遠州作の庭園が名高く、この庭園を中心に紹介したいと思います。
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