恵林寺は、1330年(元徳2年)に、当時の甲斐牧ノ庄の地頭職・二階堂出羽守貞藤(道薀)が、夢窓疎石を招いて自らの屋敷を禅院に改めたのが始まりとされています。
当初は鎌倉・円覚寺の末寺であり、関東準十刹の寺格を持っていたようですが、後に妙心寺の末寺となっています。
戦国時代には武田信玄が快川紹喜を招き、信玄が恵林寺に寺領を寄進したことで寺勢が高まりました。ところが、武田氏滅亡の後、恵林寺がかくまっていた者の引渡しを拒んだため、織田信忠の軍勢の焼き討ちに遭ってしまいました。
後に徳川家康によって快川和尚の法嗣となる末宗和尚が招かれて再興され、江戸時代には甲府藩主となった柳沢吉保によって寺の修復が行われています。
1905年(明治38年)の火事により本堂と庫裡を失いましたが、再建されて現在に至っています。
恵林寺は、夢窓疎石作庭の庭を残すとされていますので、その庭を中心に、幅広く紹介したいと思います。
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