妙覚寺は、山号を具足山といい、妙顕寺、立本寺とともに三具足山と呼ばれています。
具足山という山号に共通される各寺はすべて日像上人が開山とされていますが、妙覚寺は実際には竜華院日実上人(立本寺の実質的な開山)によって創建されたようです。日実上人の院号「竜華院」から、北竜華とも呼ばれています。
立本寺も日実上人による関与があり(実質的な開山)、妙顕寺、妙覚寺ともども四条大宮が始まりの地とされていますので、当初より三具足山は近しい関係にあったことが間違いなさそうです。
その後、二条衣棚に移り、その地で他の京都にある日蓮宗の寺院と同じく天文法華の乱に遭い、焼失して堺に逃れています。
織田信長の頃には信長の宿舎の一つとなっていたようですが、本能寺の変で焼けたと伝えられています。
他の寺院ともども、豊臣秀吉の聚楽第造営にあたって現在地に移りました。天明の大火によって大門以外は焼けてしまい、伽藍を再築して現在に至っています。
妙覚寺は庭園「法姿園」が素晴らしく、この庭園を中心に紹介したいと思います。
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