滋賀は京都の隣ということもあり、京都に負けず劣らず、寺院が多いところのように思われます。
その中でも、個人的にはっと思わせられるところのあった寺院を取り上げていきたいと思います。
第1回目は、北国街道・米原宿の中にある
青岸寺(せいがんじ)を取り上げたいと思います。
青岸寺は、室町時代初期にばさら大名として知られる佐々木(京極)道誉によって「不動山米泉寺」という名前で開創されたと伝えられています。
しばらく後に近江守護となった佐々木(六角)氏頼より、持仏を胎内に納めた聖観音菩薩が奉納され、これを現在も本尊としています。
米泉寺は1504年(永正元年)の兵火で本尊以外はすべて焼けてしまい、1534年(天文3年)に小堂が建てられましたが、その後は六角氏が近江から追われたこともあり、寺が再建されたのは江戸時代に入ってからになります。
1650年(慶安3年)に大雲寺(現在も彦根に残っています)第三世要津守三和尚によって米泉寺は再興されましたが、米泉寺再興の寄進を行った伊藤五郎助が1656年(明暦2年)に亡くなったのを悼んで、五郎助の諡「青岸宗天」にちなみ、「吸湖山青岸寺」と名を変えたと伝えられています。
青岸寺は大雲寺の末寺として彦根藩井伊家などの庇護を受け、現在に至っています。
青岸寺は、再興時に庭園が造られましたが、彦根城下に楽々園が築造されるにあたって石が取り出されて消滅しました(現在でも楽々園に枯山水の庭園が残っています)。
その後、1678年(延宝6年)に、青岸寺第三世興欣和尚の命により、楽々園を造った香取氏によって再築された庭園が、現在の青岸寺庭園とされています。
以下、庭園を中心に青岸寺を紹介していきたいと思います。
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posted by karesansui at 00:15| 京都

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滋賀(湖北・湖東)
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