東寺の小子房は「こしぼう」と読みますが、検索して調べた限りでは、「小子房」とは「しょうしぼう」と読むケースが多く、僧房とも厨房とも位置付けられることが多いようですが、客殿としての位置付けを持つのは、東寺の小子房くらいなのかもしれません。
東寺の小子房は、弘法大師生誕千百年御遠忌を記念して1934年(昭和9年)に再建されたもので、前述の通り東寺の「客殿」として位置付けられています。
内部は6つの部屋に分かれており、堂本印象が描いた障壁画によって飾られています。この障壁画は、5部屋が水墨画で1部屋だけ極彩色豊かなものとなっていて、その1部屋が「勅使の間」となっています。
東寺小子房は、正月(八日から十四日まで)に行われる「後七日御修法(ごしちにちみしほ)」に欠かせないとされていますが、それはこの小子房に真言宗各派の最高位者が集まり、ここを寝所として後七日御修法を行うからだということでした。
この「後七日御修法」はもともと弘法大師の没前3ヶ月の835年(承和2年)に宮中で行われたのが最初で、廃仏毀釈が起きるまでは宮中行事となっていました。それが1883年(明治16年)に復活してからは、東寺灌頂院で行われています。
小子房と「勅使」は、後七日御修法を通してつながっていると考えることができそうです。
さて、東寺小子房には障壁画の他にもう一つ見どころがあり、それが庭園です。
小子房の庭園は、近代随一の庭園家・七代目小川治兵衛の作とされています。もっとも、七代目小川治兵衛は小子房再建の1年前に亡くなっていますので、この庭園の作庭全てに関与したわけではない可能性もありますが、庭園は1日にして成るものではありませんので、さしあたっては「七代目小川治兵衛作の庭園」ということで、小子房の庭園を紹介したいと思います。
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